つれづれ鉄道風土記

日常やら、旅行記やら、写真やら、時には見たアニメや政治やらについて、徒然なるままに書き連ねていこうかな、と思っています。

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津軽鉄道旅行記⑤-2

本来は内容的にも前回の分と合わせて⑤にする予定だったので、
うpは別になりましたが前回を⑤-1、今回を⑤-2という形にしましした。


10:32 酒田 10:39

 7分停車の後酒田出発です。
…と思いきやドアが閉まると同時に、下りホームに面している改札(酒田駅は下り単式上り島式の2面3線)から、
上りホームに繋がる階段に向かって、重そうな荷物を抱えながらよたよたと走ってくるお婆さんの姿が。

一旦ドアを閉めて走り出した特急が再び止まり、ドアを開けるという珍光景を見れました。
まさに田舎そのもの、という感じです。まぁこの列車を逃すと、
村上以南へ向かうには次のいなほ10号までほとんど4時間も待たなければなりませんから、
ある意味当然の措置かも知れません。

しかしお婆さんはドアが一旦閉まるのを見てあきらめてしまったのか、
一向に跨線橋を降りてこず、結局列車はお婆さんを乗せない出発してしまいました。
お婆さんはあの後どうなったんでしょうかね……。

砂越~北余目では、かのいなほ14号脱線事故の現場を車内から見てきました。
シートか何かがかかっていた上に通過があっという間だったので慰霊碑は見えなかったのですが、
通っただけで受けた印象では、橋を越えてすぐの普通の築堤で、
特に風に弱そうだとかいう印象は受けませんでした。

あの事故が起こったのは、確か中学1年の頃でしたかね…。
ついこの間のことのような気もしますが。月日が経つのは早いものです。

列車は庄内平野を爆走していきます。
窓に反射して車内が見えるのはご愛嬌。
DSC_0827.jpg

酒田、余目、鶴岡と庄内主要駅に停車していくうちに自由席の乗車率は50~60%にまで上昇。
1人で4席を占領するわけにもいかなくなってきました。


完全に余談。
田んぼの真ん中に立ってた鉄道向けの立て看板に「剣持工務店」の文字が。
剣持なんて苗字は某探偵漫画『K田一少年の事件簿』のあの警部ぐらいしかないと思っていましたか…
意外とこの辺りにはある苗字なんでしょうかね。剣持のオッサンの出身地は長野県らしいですが。


庄内平野を抜けて海岸線に戻ります。
DSC_0835.jpg

単線複線が交互に続くこの路線、複線区間では、旧線のトンネルのようなものがあったりして、
車窓はなかなか面白いです。ただ、結局のところ右海左山という基本は村上まで変わらないので、
ある程度すると飽きてくるというのはありますね…。

先入観かも知れないですが、日本海にはどうしても太平洋と比べると暗い海のイメージがあります。

この辺りの駅名地名は難読です。
「小波渡(こばと)」「五十川(いらがわ)」「温海(あつみ)」「勝木(がつぎ)」「寒川(かんがわ)」…
普通に読んでると絶対に読めませんね。


これも余談ながら、私がいつか漏れ聞いた話では、
温海(あつみ)温泉は海岸線を掘ったら「あつい」お湯が出てきたから「あつみ」、
静岡の熱海(あたみ)温泉は海岸線を掘ったら「あたたかい」お湯が出てきたから「あたみ」と言うそうです。
…漢字を交換した方がいいんじゃないかと時々思います。

あつみ温泉でもかなりの乗客があり、自由席の乗車率は8割くらいにまで達しました。

寒川の駅の手前あたりには「名勝 笹川流れ」の看板が。
ここから10kmちょっと続く、鉄道沿線の中でもかなり有名な景勝地です。
しかしまぁこの天気だと名勝も台無しですね…

桑川駅には「道の駅 笹川流れ」なんてのも併設されてました。

DSC_0842.jpg

村上の手前には電気を交流から直流に変えるためのデッドセクション(絶縁区間)があります。

車内の電気が消えて、この通り。
DSC_0851.jpg

DSC_0849.jpg

15秒ちょっとで再び車内の電気が燈ります。

再度余談ですが、新潟支社には交直流の両区間を走れる普通用電車が配置されていないため、
村上以北、秋田支社の管理となる酒田駅までは、普通列車は電化区間にもかかわらず気動車が走っています。

なんというか、バカ臭いですね。
こんなところで気動車を走らせる一方で、仙台支社の交直流両方走れる455系や、
水戸支社の415系の鋼鉄車は大量に廃車されたわけで(ぉ

ところで、デッドセクション区間の線路だけに水が張ってあったのはどういうわけだったんでしょうか。
他のところ(取手~藤代とか)ではそんなことはなかったと思ったのですが。

坂町には転車台のようなものがありました。
今も使えるのかは判断がつきませんでしたが、レールは一応繋がっているようです。

DSC_0856.jpg


列車が村上、坂町、中条、新発田と止まっていくうちに、自由席の乗車率はほぼ100%になりました。
まぁ乗車率については日曜だったというのも当然考慮に入れる必要はあるでしょうけれどね。
しかし酒田以南に一日7往復、再繁期には11往復もいなほが走っている理由は分かったような気がしました。
酒田以南と以北では需要量が完全に違いますね。酒田以北は、新幹線で行ける秋田まで比較的大きい街が羽後本荘以外に無い、というのも大きな理由だと思いますが。


白新線内もかなりふっとばし、豊栄を過ぎれば終点新潟は後少しです。

DSC_0864.jpg

12:59 新潟

始発青森か7時間弱、ようやっと新潟に到着です。
10年前の白鳥時代には6時間4分だったことを考えれば、今のダイヤはかなり手抜きと言えるでしょうね。
しかし、同乗の二人と話していたこともあって、あまり極端に長いとは感じませんでした。
お二人とはここでお別れです。

二つ隣りのホームには金沢行き特急北越6号が。乗り換え客を乗せるとすぐに発車していきました。
接続は白鳥時代の名残でしょうね…。
DSC_0865.jpg












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