FC2ブログ

つれづれ鉄道風土記

日常やら、旅行記やら、写真やら、時には見たアニメや政治やらについて、徒然なるままに書き連ねていこうかな、と思っています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

津軽鉄道旅行記⑥

いよいよ旅行記も大詰めに入ってきました。
前回はいなほ8号を完乗したところまででしたので、今回は新潟から始めます。

新潟県には様々な形で毎年のように出入りする私ですが、不思議と「新潟駅」に来る機会は多くありません。
大抵の場合、越後湯沢でスキーだの、妙高高原でスキーだの、越後湯沢から北越急行だの、
長岡から信越線だので通るだけなので、中越以北は行かないんですよね…

新潟駅に来たのは、2009年の2月の3連休、新幹線で来て急行きたぐにに新潟駅から乗って以来2度目でしょうか。
この時も改札は出ませんでしたので、新潟駅は降りてないんですよね…

そして今回も、上越新幹線への乗り換えのためだけに使います。
新潟市街散策はまたの機会に、11~14番線新幹線ホームに向かいます。

↓到着したばかりの200系リニューアル車。これには乗りません
DSC_0872.jpg

DSC_0875.jpg

 新潟 13:12 MAXとき326号 E1系M6編成1号車B1


新幹線車内は特に見どころも無いので休息・補給時間に充てます。
しかし弁当は短い乗り換え時間で買いそびれたので、あらかじめ買ってあったつまみで我慢。
函館駅前のコンビニで買ったカルパスです。カルパスの語源はロシア語だそうです。どうでもいいですが。


13:34 長岡

20分ほどで長岡に到着です。さすがに新幹線は速いですねぇw

DSC_0883.jpg

長岡も乗り換え時間にそこまで余裕があるわけではないので、弁当を買ったら急いで在来ホームに降ります。
しかし時すでに遅く、弁当は一種類しかなく、乗る列車は学生とお年寄りであふれていました。

 長岡 13:46 上越線普通(クモハ115-1504)

上にも書いたように、日曜日でしたがかなりの高校生が乗っていました。
長岡の高校生は随分長い距離を通学するらしく、
半数は小出で降りたものの、中には長岡から越後湯沢や岩原スキー場前まで乗っていた人もいました。

他方、お年寄りは近距離利用が中心でしたね。

宮内を過ぎたあたりでE655系(新型お召し列車を連結できる編成)とすれ違い。実車を見たのは初めてでした。

この辺りは小学6年生の夏休みに父親と一緒に通って以来。
あの年は梅雨の終わりに集中豪雨があり、秋には中越地震が発生するなど、
新潟県にとってはまさに受難の年であったときでした。

↓大沢周辺、山の際を走る上越線から、眼下の田んぼを見渡す
DSC_0898.jpg

越後湯沢で客層が一気に入れ替わり、温泉帰りか登山帰りの熟年男女のパーティで車内は満たされました。
と言ってもそれほどの密度ではなく、一番前のかぶりつきポジションへ移動。


↓越後中里を出てしばらくすると上下線が分かれ、トンネル区間に入っていきます。奥に見えるのが下り線。
DSC_0908.jpg

トンネル区間に入ると速攻で運転席後ろの窓は閉められてしまいました。
仕方ないので最後尾に移動。後ろからかぶりつきという逆転の発想です。

ループを過ぎ、土樽駅を出ると、いよいよ清水トンネルに突入です。

トンネルに入った後はずーっと直線のため、どんどんトンネル奥に入って行っても入口が小さく見えます。
入口から漏れ入る明かりは点のようになるまで小さくなり、最後には勾配のため見えなくなります。
一番後ろだからこそ見れた、ここならではの光景です。

DSC_0918.jpg

清水トンネルは上越線開通の経過の中でも最大の難所。
開通当初は日本最長のトンネルでした。

入口の前後にループ線を設けて、できるだけ勾配少なくトンネルの長さを短くするなど、
工事での苦心の跡が見て取れます。
戦前の1930年代に開通。煤煙の関係で、蒸気機関車を通すと機関士が窒息する恐れもあったため、
碓氷峠やその直後の丹那トンネルなどと同様、開業当初から電化されていました。

それまで信越線経由か磐越西線経由しかなかった東京~新潟のアクセスは約100㎞、
碓氷峠の問題も解決されたため時間にすると4時間以上も短縮され、大幅に改善されました。

高度成長期には複線化のため、下り線に新清水トンネルを新たに掘削、清水トンネルは上り専用となり、
新幹線工事の際には大清水トンネルも掘削され、現在では3本のトンネルが並行しています。
新清水トンネル以降は技術の向上によって、ループを必要としなかったため、
今では上り線のみにループがあるという珍しい形状になっています

湯檜曽・土合の下り線ホームは新清水トンネル内に新設され、
特に土合駅は地上に出るまで数百段の階段を上らねければならない「モグラ駅」としても有名です。

また、大清水トンネル掘削工事の際に湧出した地下水が美味しかったことから、
現在JRによってミネラルウォーターとして商品化されて「大清水」のブランドで
駅の自販機などに並んでいるのを見たことはないでしょうか?

まぁこんな長めの話をしても全然余るぐらいの時間の後、県境を越えトンネルを抜けて、
文字通り山あいの上り線土合駅に到着。こちらは地上のホームですが、駅の周りには山ばかりです。

土合と湯檜曽の間は土樽との間ほどは距離はありません。

DSC_0930.jpg
↑は湯檜曽駅から北、今来た方角を見ている構図です。
写真を拡大してみるとわずかに見える左上の架線が、今通ってきた上り線。
あそこから左回転でループして湯檜曽のホームに入るわけです。

湯檜曽はほとんど水上温泉の延長のような印象。
土合などとは違い建物も温泉ホテルなどがそこそこあります。

湯檜曽を出れば水上はもうすぐです。


15:43 水上

やっと水上に到着。ここまで来てやっと関東という印象です。

DSC_1013.jpg


↓左が接続の高崎車の115系、右が今乗ってきた新潟車の115系です。DSC_0986.jpg

ここで私が湘南色に乗ると思ったあなた、甘い(ぇ
ヒントはこの旅行の大目的「12/4改正で消える列車に乗る」です。
ここまで言えば分りますかね。




ここから先、答えはまた次回ということで(笑)

多分次回で最終回です。




スポンサーサイト

PageTop
salvare455さんのランキング集計結果
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。