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つれづれ鉄道風土記

日常やら、旅行記やら、写真やら、時には見たアニメや政治やらについて、徒然なるままに書き連ねていこうかな、と思っています。

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東北内陸縦断旅行記⑥

さて、角館からでしたね。このままだと一旅行記書くのに一年かかりそうですw
乗る車両は↓コレ。
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路線:秋田内陸縦貫鉄道秋田内陸線 乗車駅:角館(11:13) 種別/行き先:急行もりよし2号/鷹巣 降車予定駅:鷹巣 車番(編成):AN-8903 備考:新潟鉄工車。AN-8903+AN-2001

内陸線は乗車券が硬券でした。三セクには珍しい有料急行列車で鷹ノ巣へ向かいます。

列車は角館を出ると山間部の小集落を縫うように走っていきます。
二つ目の急行停車駅・松葉は、内陸線が阿仁合線・角館線に分かれていたころの角館線の終着駅。
今や全くその痕跡を残すことのない棒線駅です。ここから先が三セク化時の新線区間。

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沿線の観光地紹介の放送も豊富だが、正直これと言って惹かれるものはなかったかなぁというのが実感でしょうか。
しかし、途中の橋の上から見える景色は中々の絶景で、
ここで列車の速度を緩めてくれる配慮はきめ細かいなぁと感心させられました。

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松葉から続いた新線区間も比立内で終了。
新線とは言えトンネルはかなり使い込まれた雰囲気が出てましたが…

そしてここ比立内で列車の交換です。
駅舎や側線跡などは残っており、松葉よりはまだ阿仁合線時代の終着駅の雰囲気を残している駅ですが、
周りに特に何もないのは変わらないようでした。

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比立内を過ぎると下り勾配の線路が続きます。そして一気に下がる速度。
やはり線路基盤の強さにははっきり違いが出ているようです。

途中「笑内」と書いて「おかしない」と読ませる笑内駅を通過し、
秋田内陸縦貫鉄道の途中駅の中では最も重要な基点と思われる、大きな駅舎を持った阿仁合駅に到着。
久方ぶりの大きな集落にある駅で、車庫も有り、意外と沢山の車両が留置されていました。

所在地は未だに秋田県北秋田市「阿仁銀山」となっており、鉱山町としての歴史を感じさせてくれます。

阿仁合を出て、途中の阿仁前田にて対抗列車とすれ違い。
このあたりまでくるとむしろ阿仁合よりも町としては大きい規模になってくる印象。
奥羽本線経済圏は着々と近づいているようです。
米内沢・合川あたりまでくるとずいぶんと町の中を走っている雰囲気になってきました。

約2時間の道のりを経て、ようやっと秋田内陸縦貫鉄道完乗、『鷹巣』駅に到着です。

内陸線の駅は「鷹巣」、JRの駅は「鷹ノ巣」な「たかのす」駅。
因みに合併して北秋田市になる前の町の名前は「鷹巣」でした。

そしてこの駅にはJRの奥羽線の駅名表の裏にJR標準の書体の内陸線の駅名板があるという驚愕の事実。
…内陸線の駅名なのにJRの「鷹ノ巣」仕様で書いてあるところがまた面白いですねw

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そして駅南側に並び立つJRと内陸線の二つの駅舎。

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ここで一旦休憩です。昼飯をラーメンで済ませて、秋田行きの普通列車を待ちます。

↓こ、これは…国際興業…?www
どうやら岩手だけではなく秋田にもKKKの系列会社の魔の手が伸びていると言うことでしょうか。
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路線:奥羽本線 乗車駅:鷹ノ巣(14:26) 種別/行き先:普通/秋田 降車予定駅:追分 車番(編成):サハ701-2(N-2) 備考:川重車。3連(N-2)+2連(N19.)

5両編成の701系って何か違和感が…w
そして鷹ノ巣から追分までの途上でかの東日本大震災から半年の月日を迎えることと相成りました。

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幸いにして、同じ東北でも今ひた走る日本海側は地震による大きな被害もなく、
高く聳える奥羽山脈に守られたために原発関連の被害を直接受けることもありませんでした。
地震直後には太平洋側への支援物資を送るための貨物列車の大動脈として機能することにもなりました。

田植えの直前だった震災からはや半年(…記事を書いている段階ではもうあと一週間で一年になるわけですが…)
月日が経つのは早いものです。NZ地震や新燃岳の噴火などはもうずいぶん昔の事のような気がするのですが。

沿線の田んぼにはどこも黄金色に実った稲穂が輝いていました。

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追分で男鹿線にお乗り換え。所定16:05分発のはずが、11分延。

路線:男鹿線 乗車駅:追分(16:16(+11)) 種別/行き先:普通/男鹿 降車予定駅:男鹿 車番(編成):キハ48-544 備考:富士重工車。4連(キハ48-1507+キハ48-537+キハ40-541+キハ48-544)

男鹿線はキハの4連でした。追分を出た後も、脇本まで沿線には人家が途切れず続きます。
脇本~羽立でいったん山越えになるものの、羽立には再び住宅地が並ぶ光景。

終点男鹿への到着はあっという間。男鹿駅舎も平屋ですが中々立派です。
↓←ホームから見た駅舎                 駅舎外観↓→
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路線:男鹿線 乗車駅:男鹿(16:56(+03)) 種別/行き先:普通/秋田 降車予定駅:秋田 車番(編成):キハ48-544 備考:富士重工車。4連(キハ48-1507+キハ48-537+キハ40-541+キハ48-544)

列車は遅れていたためあっと言う間の折り返し。駅舎の写真を外から撮るぐらいが限界でした。
4両の車両はいっぱいにまではならないもののそこそこの乗車率。

時刻表に青く表示される地方交通線ながら、同種多線と比べるとずいぶんな健闘ぶりが目立ちます。
やはり県都秋田に近いと言う地の利はあるでしょうね。男鹿もそこそこの都市規模ですし。

↓終点秋田駅にて
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この晩は秋田に泊まりました。


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東北内陸縦断旅行記⑤

またブログに広告が掲載されてしまった…(

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日は開けて9月11日。奇しくも米同時多発テロから十年のこの日、新庄は8:58の出発です。
↑は昨晩撮れなかった新庄駅舎。白飛びェ…

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山形新幹線新庄延伸からもう10年以上が経ったなんて信じられないですよね…
延伸前は一つだった線路も、今やホーム半ばで分断。
在りし日はED75が10幾両の客車を従えた急行津軽や、花形の圧巻12両の485系つばさが出入りしたホームにも、
今や最長で新幹線の7両が入ってくるのみとなりました。

路線:奥羽本線 乗車駅:新庄(8:38) 種別/行き先:普通/秋田 降車予定駅:大曲 車番(編成):クモハ701-103(N-103) 備考:仙セン転属車。土崎工場製造車。

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ここからは安定の701系天国に突入です。
↓の写真をよく見て頂ければ「秋アキ」の下に「仙セン」と書いてあるのが分かるかと思います。

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列車は新庄を出ると、真室川までの数駅は田園地帯を走行。
真室川を過ぎて院内まではひたすら山を越えていきます。
途中の及位~院内には複線区間もあって、大滝~及位には旧線の跡と思しきものも見えるなど、
山形秋田の県境越えは景色も見ていて面白い区間でした。私以外はみんな寝てましたが(

院内からは景色は再び田園と住宅街へ。院内・横堀では多数の乗客があり、違う生活圏に入ったと実感。
三関、上湯沢からも若干の乗客を積み込み、701系2両の車両はほぼいっぱいに。
湯沢でざっと半数の乗客が入れ替わり、横手でもほとんど入れ替わり、後三年・飯詰でさらに積んで大曲で放出…
というのを見ていると大体このあたりの地域の人の流動の傾向が見えてきます。
…まぁどれだけ人が乗ってきたところで所詮は701系の2両なのですけれどね(

横手では乗務員の交代あり。発車メロディも完備されていて大変驚かされました。
我々は大曲にて下車。

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大曲、過去に一度通ったことはありますが、降り立つのは初めて。秋田新幹線開業の時に作られた駅舎が迎えてくれます。
後は電車でGO!!でも随分お世話になった記憶がありますねw

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↓これはE5か、E6か…。E6ならずいぶん気が早い気のする大曲駅の案内板
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大曲駅は1・2番線が狭軌で奥羽本線用、3番線は標準軌で田沢湖線の普電用、
11・12番線も標準軌で新幹線用という振り分けになっています。

という訳で1番線から11番線の東京行きこまちに移動。
秋田新幹線区間内は全車指定席なものの、特定特急券で空いている席に自由席扱いで座ることができます。

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路線:秋田新幹線 乗車駅:大曲(10:43(+1)) 種別/行き先:こまち162号/東京 降車予定駅:角館 車番(編成):E328-25(R25) 備考:14号車5番B席。特定特急券で乗車。

下り秋田行きとの交換待ちで若干遅れたものの、無事発車。角館までは1駅。あっというはの新幹線でした。

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東北内陸縦断旅行記④

安定の更新月1ペース(←人間の屑)

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前回この駅で旅行記を区切ったのは理由がありまして…。
いえまぁなんのことはありません。本隊と合流するだけです。
というか本隊と合流するまでに年が明けてしまうとは…orz

本隊の方々は前日の晩にムーンライトえちごで渡潟、越後線弥彦線を乗り潰してからの米坂線で、私の乗った列車が今泉についてしばらく上りとの交換の為止まっている間に、
坂町方からやってきた↓の列車に乗ってきていた訳です。

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というわけで合流した先輩1名同輩3名に、依頼されていた山形鉄道フリーパスを渡し合流完了。

しかしこの今泉駅、何とも古びた駅というか…
特に山形鉄道ホームはかなり古びた雰囲気を醸し出してます。しかしこれがまたイイ!
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合流した方々に峠駅で買った峠の力持ちを頒布。
どうやら私の行動は予測されていたようで、このために皆さんお昼抜きで来たんだとか。
もし俺が買わなかったらどうするつもりだったんだろうか…w
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↓餅の中にはこし餡。私好みです。
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米坂線到着後さらにしばらくして今度は山形鉄道の赤湯行きが入線。
山形鉄道上下線と米坂線米沢行きの3列車が今泉駅でつかのまの離合を遂げた後、
列車は発車して行きます。

列車は今泉を出るとしばらく米坂線と線路を共用。

つまり、山形鉄道の列車がしばらく今泉に止まっていたのは、
単に上り赤湯行きとの交換の間に米坂線の列車と接続をとるためだけというわけではなく、
そもそも米坂線とも今泉駅で交換する必要があったためだったというわけです。

分岐後の山形鉄道は田園地帯をひた走ります。
ここから先は荒砥まで長井以外は交換設備のある駅はありません。
羽前成田・蚕桑(「こぐわ」。難読駅ですね)には国鉄時代にはあったようですが、
今は撤去されています。長井の交換設備も今や朝使うだけです。

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赤湯を出てから約一時間。
終点荒砥の駅前にはバス停以外特に何もありません( 
…すみません、本当にバス停とポスト以外何もないんです。

元々、計画の最終地点ではないというのもあるでしょうね。
とりあえず、駅舎は地域交流の場になっています。

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↓いました、スウィング=ガールズ編成。荒砥の留置線に転がっていました。
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ここまでずーっと乗ってきていた件の車内販売のおじさんと駅前でおしゃべりしながら時間潰し。
山を越えた先の左沢に思いをはせつつ、20分の折り返し時間で赤湯に取って返します。

帰りももちろん同じ車両です。

路線:山形鉄道フラワー長井線 乗車駅:荒砥(16:02) 種別/行き先:普通/赤湯 降車予定駅:赤湯 車番(編成):YR-886

帰りは同輩たちの寝顔を見つつ、赤湯まで大過なく乗り通しました。
一度通った道なので特にコメントはありません。

赤湯では接続列車までちょっとした時間があったものの、食物を摂取するには至らず(適当な店が無かった)、
赤湯駅になぜかあった鉄道むすめ自販機になぜか熱中し、
ランダムなはずなのに5連続で出てきた久慈ありすに首をかしげながら過ごしました。

路線:山形線(奥羽本線) 乗車駅:赤湯(17:48(+1)) 種別/行き先:普通/山形 降車予定駅:山形 車番(編成):クハ718-5005(Y-5)

この後は山形へ出て、そこから左沢線で左沢を目指します。そろそろ日が暮れてくる頃です。

路線:山形線(奥羽本線)→左沢線 乗車駅:山形(18:35) 種別/行き先:普通/左沢 降車予定駅:左沢 車番(編成):キハ101-3(A-3) 備考:キハ101系4連。先頭からA-3+9+6+7

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山形駅で我々を迎えたのはフルーツライナー塗装の圧巻のキハ101系、オールロングのトイレ無し4両編成です。しかもこれで全く席が足りていないのだから驚きです。
立ちんぼのまま山形駅を出発。学生や通勤客を乗せ、一路左沢に向かいます。
北山形までは仙山線と同じ線路を使用します。

北山形でもさらに客の増えること増えること。

どうやら常連客はちゃんと各駅の降車位置と出口の位置を把握していると見え、
各駅とも改札ないし出口に一番近い車両からだけ下車していきます。

因みに我々の乗った先頭車両は羽前長崎までまとまった降車は無し。
つまり、各車両の混み方には差がありなおかつ客の目的地はだいたい車両ごとで分かれているようです。

様子を見ていると、学生たちは駅まで親に車で迎えに来てもらうのがデフォなようです。
親と喧嘩したりしてる時はどうするのかな…などとつい益体もないことを考えてしまいます。

やはり寒河江では大量の下車があり、ようやっと車内は空き始めました。

暗かったので外の風景の移り変わりがよく分からなかったのは残念でした。

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↑↓「あてらざわ」です。「ひだりさわ」じゃないですよ~w
左沢駅に着いた頃にはもちろんもう真っ暗だったので駅舎の写真は撮れなかったのですが、
かなり立派な駅舎だったことは覚えています。荒砥よりはよっぽど街でした(

しかし、左沢まで来る列車は朝晩こそ充実すれど、昼間は10:13の後は12:51、
その後はなんと16:06と、山形市街からの距離を考えれば決して充実しているとは言えません。
ここより乗降客数の少ない荒砥と比べてもさらに少ないです。
なんというか、もうちょっとやる気を出せば延びる路線なんじゃないかと思いますがねぇ…

因みに、意外なことに左沢駅には緑の窓口がありますw

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路線:左沢線→山形線(奥羽本線) 乗車駅:左沢(19:25) 種別/行き先:普通/山形 降車予定駅:山形 車番(編成):キハ101-9(A-9) 備考:キハ101系4連。先頭からA-3+9+6+7

帰りはもちろんガラガラだったので、山形まで着席&爆睡行でした。

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路線:山形線(奥羽本線) 乗車駅:山形(20:16) 種別/行き先:普通/新庄 降車予定駅:新庄 車番(編成):クハ718-5002(Y-2) 備考:Y-2+Y-8

この日のお宿は新庄です(山形にまともなホテルが無いのは内緒)。
山形から新庄まで向かう列車の中はずっと寝ていて、時々起きても、山形○北高校の野球部のエナメルバッグを持った連中がやたら煩かったことぐらいしか覚えていません。

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新庄駅到着後、飢えた我々一行はコンビニまで歩いて食糧を補充し、この日の行程はそれまで。
ホテルルートイン新庄駅前で、一晩を過ごしました。

…ところで私が泊まった部屋、カーテン開けた開けたとたんに1㎝大の蜘蛛が上から降ってきたんですけどどういうことですかね(白目)



今日はこれまで。一気に進んだ感がしてしまうところがアレ。

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東北内陸縦断旅行記③

のんびり更新していきます(再掲

山形線(奥羽本線) 乗車駅:米沢(13:49) 種別/行き先:普通/山形 降車予定駅:赤湯 車番(編成):クハ700-5505(Z-5)

米沢で待ち受けていた乗り継ぎ列車は衝撃と言うか、案の定と言うかの701系ワンマンカーです。
まぁ赤湯までの短区間乗車なので文句は言いませんw

特にコメントすべきこともなく列車は順調に北上。唯一特記するようなことと言えば、
まだ時間的には早いのにかなり学生の利用が目立ったと言うあたりでしょうか。

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赤湯駅は元々3面5線(1番線上り本線相対式+奥羽線島式1本+長井線&奥羽線島式1本)だったところに、
山形新幹線工事時の線路拡幅で2番線の中線を撤去、4番線を下り副本線、5番線を長井線専用にしたため、
奥羽線だけをとってみると列車の止まる3つの線路のプラットホームが全てバラバラ、という珍妙な配線になってます。

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↑下りE3-1000&上りE3-2000の離合。

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↑が山形新幹線開業時にリニューアルされた元来のJR赤湯駅駅舎。
↓は長井線第三セクター化時に新築された、元来の駅舎とは反対側のロータリーに面して作られた山形鉄道の赤湯駅舎。
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赤湯駅にはこの後ももどってくるので、ここは先を急ぎます。
山形鉄道の駅舎で全線フリーパスを5人分買い(理由は後で記述しますw)、
既にホームに到着していた山形鉄道の列車に乗車。

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↑安定の新潟トランシス。もっとも、銘板は新潟鉄工所ですがw


路線:山形鉄道フラワー長井線 乗車駅:赤湯(14:37) 種別/行き先:普通/荒砥 降車予定駅:荒砥 車番(編成):YR-886

旧国鉄長井線、今は山形鉄道フラワー長井線。車番のYRはさしづめ Yamagata Railwayでしょうか。
列車が発車してまず驚いたのは、車内に沿線の「うさぎ駅長」(いるらしい)の関連グッズの車内販売が始まったこと。ワンマン列車で車内販売とは… 
しかし、残念ながら取扱商品は個人的にはそれほどの品は無かったと言うのが正直なところでしょうか。

そしてフラワー長井線のもう一つ(というかむしろこちらがメインなんじゃないかと思いますが)の観光資源は、
数年前に上映された映画、スウィング・ガールズです。上野樹里が主演でやってた山形の高校の吹奏楽部の話を覚えてる方も多いのではないでしょうか。
そして、その映画のロケを行っていたのがこのフラワー長井線沿線、そして長井線の車両自体も出演していたのです。
どうやら大半の車両がスウィングガールズ仕様のようでした。しかし一番のラッピング車にはここでは見えずじまい。

列車は赤湯を過ぎると短い駅間で折畑を過ぎるまでこまめに停車。特に赤湯駅と南陽市役所は極めて近いw
「梨郷(りんごう)」って…なんじゃぁ?

折畑を過ぎると沿線には「梨郷」のその名の通りラフランス(洋ナシ)の果樹園が見て取れるようになります。ずいぶんと古風な駅舎の西大塚を過ぎ、今泉に到着です。



今日はここまで

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東北内陸縦断旅行記②

のんびり更新していきます(強調


列車は庭坂を過ぎ、福島盆地を一望して一路奥羽山脈へ。
庭坂を過ぎると駅間が長くなるので、車掌が車内を巡回して切符の検札に回ります。
車内は土曜日であるためかそこそこに埋まっており、検札にも時間がかかっていました。

車掌が先頭車の私のところあたりまで来た頃のこと。山越え最初のトンネルに突入すると、
車内が真っ暗になりました。車内が真っ暗になりました。大事なことなので二回(ry

節電の為に車内灯を消して運転していたのですが、車掌が乗務員室を出て車内を廻っている間に、
明かりをつけないままで列車がトンネルに突入したのです。車内は突然の暗闇にもちろん騒然。
レチ氏、文字通りの大失態です。あわてて乗務員室に戻り、明かりをつけて謝罪放送が流れました。

その後は何事もなく、列車は赤岩に到着。列車は停車すると発車。…えっw
どうやら降りる気配があるかぐらいは確かめていたようでしたが、
誰も降りないことが大前提のようでした…

後で調べてみたところ、赤岩は米沢街道の旧宿場町李平(すももだいら)を筆頭とした周辺の集落が、
ただ一つ大平集落を除いて全て廃村となり、なんと一日平均5人しか乗車人員がいないところだと言うところだったのでした。
しかし周辺は割と鉄道遺跡が豊富なところで、また行ってみたいと思いましたね。

赤岩の次は板谷。山形県側最初の駅です。
赤岩よりはまともな集落が近い場所で、そこそこの乗り降りがありました。

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↑スイッチバックの遺構。標準軌になった今でも線路を繋いであります。
保線用除雪用車両の留置線用か何かでしょうかね。奥にはホームらしきものも。

板谷を過ぎると次は峠の力餅で著名な峠駅。
ホームに売り子さんが立っているのが見えます。1000円で10個入りを購入。
こしあんでくるんだ餅で、食べるのは初めてなのですが大層美味でありました。

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↑奥に伸びているのはこれまたスイッチバックの遺構、旧駅への引き込み線です。
元々複線だったと思われますが、片方はそのまま線路を残し、もう片方は遊歩道になっています。
峠駅は遺構目当ての主に中高年の観光客でにぎわっていました。
どうやら上りの福島行きを待っていたようです。

赤岩以外の駅がスノーシェルターの下にあるのは、元々今の駅があった場所にスイッチバック関連の複雑なポイント機器があって、それを保護する必要があったからでした。
駅舎よりもポイントの方が豪雪に弱いのです。
新幹線建設とスイッチバック廃止で駅が本線上に移動することになった時、スノーシェルターを活用してその下に駅のホームを立てると言うことになった訳です。


峠の次は大沢に到着。
こちらも遺構が残ってはいますが、赤岩ほどではないにせよ、一転して人は皆無。
峠駅が板谷峠観光の拠点となり、他の駅には観光客を集客できていないようです。
もっとも、板谷・大沢はまだ近くに集落が線路から見えるので赤岩のような秘境駅と言った風情はありません。
まぁもっとも本数が余りにも少ないので各駅に立ち寄っている余裕は無いのでしょうが。

かくして4駅連続スイッチバックを踏破、大沢を過ぎると線路は下る一方で、山を降り切って米沢の市街が見えてきたところで最後の中間駅関根に到着です。関根を過ぎるとまもなく米沢。


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夜半から書き始めて朝になったのでここで終わり。
赤岩の秘境駅になった由来を調べてるうちに廃村探訪やら廃線探訪やら違うページに首を突っ込んでしまって時間を喰いました(笑)
こんなペースじゃ永遠に終わらないw

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