つれづれ鉄道風土記

日常やら、旅行記やら、写真やら、時には見たアニメや政治やらについて、徒然なるままに書き連ねていこうかな、と思っています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

4/25 黒磯遠征

さて、そろそろ最終更新から2ヶ月ほど経ってしまいそうな気配なわけですが…w
どうも2年生になってから今までにも増して多忙感あふれ出てて申し訳ない限りです…

今日は先週行ってきた東鉄労臨の撮影の事後報告です。

今回の団体列車は東鉄労の組員…もとい組合員とその家族を乗せて、
上野を10時過ぎにに出発し仙台に17時過ぎに到着する行程で運行されました。
高車セの12系6Bを黒磯までEF65-501、黒磯からED75-759が牽引する胸アツな列車に、
好かぬ東鉄労の設定と聞いても出陣せざるを得ませんでしたw
動労なんて糞くらえ

水曜日なのに授業はどうしたって?そいつぁ聞いちゃいけねぇ質問ですぜ、旦那(ぉ
しかしまぁ、私としては授業2コマ分以上の価値はあると踏んで、出撃決定の運びとなりました。
(東北本線はご承知の通り基本的に上りの方が光線的にはVなので、翌日の返却を狙うと言う選択肢もあったのですが、翌日は授業がギッチリ&雨の予報だったので25日にしました)

撮影場所は豊原~白坂と黒磯駅の2択で悩んだのですが、
団体とはいえ旅客列車の釜交換なんてもう今生見られないのではないかと言う思いが働き、黒磯駅を選択。

かくして25日水曜日、バイト終了後に新幹線に飛び乗って一路黒磯を目指しました。


まずは手始めに那須塩原で新幹線を撮影。
E5系もだんだん増えてきましたね。
DSC_0008.jpg

上りの通過列車はなんと不意打ちのEast-i。シャッタースピードが低くて爆死。
DSC_0017.jpg
E4+E3-2000。Maxがつばさを牽く姿もあと幾許も見られません。
DSC_0038.jpg

とまぁ、このぐらいで在来線の時刻が迫ってきたので黒磯へ移動します。
この段階では先客はほぼゼロ。流石に平日の真昼間からこんなところ来てる暇人はいないよなぁ、
と自分を棚に上げてほくそ笑みましたが、結局直前は2,30人の人出と言うパターンでした。

しかし本線下り方の先頭から数両分が柵で立ち入り禁止になっていると言うまさかの想定外の事態に愕然…
非V確定じゃないか(憤怒)

柵の内側から副本線の貨物の一枚。
DSC_0085_20120503175907.jpg

DSC_0097.jpg
東西通路が印象的な、なんとも黒磯駅らしい一コマ

やってくる貨物は全て2番線の先頭に停まって行きます。
団臨は釜と客車7連なので所定の停車位置だと8連の停目に停まるはず。8連の停目に停まればなんとか正面から釜交換を撮れるのですが…
わずかな期待を持って1番線で待っていたものの、結果的には団臨も2番線に停まることとなりましたw
2番線で撮ってもいずれにせよ下回り隠れちゃいますからね…

DSC_0136_20120503175957.jpg
8連の停目を華麗にスルーするPトップに悪態をつきつつ後ろから釜交換を撮ることに。

DSC_0143_20120503175958.jpg
↑引き上げ線で並ぶEF65とED75。遠すぎて陽炎が立ってしまってます。

DSC_0148_20120503175959.jpg
↑ED75が段々と近づいてきます。あ^~いいっすね^~

DSC_0155_20120503180001.jpg
↑3m手前で一旦停止、警笛を鳴らして再度起動。連結です。

DSC_0162.jpg
↑後ろからの一枚。実は高崎の12系、実物を見るのは初めてだったり。

DSC_0172_20120503180043.jpg
↑よく見ると先頭の客車に急行八甲田の種別サボが!

DSC_0180.jpg
↑昭和47年製造……w

とここで、機関車の乗務員ハンドル訓練列車、通称黒磯訓練が3番線に入線!
EF81-98以下24系25形6Bでしたが、黒山の人だかりの中であっという間に釜を切り離してしまい、
釜同士の並びは撮影できず…なんとも惜しいことをしました。
DSC_0186_20120503180046.jpg
↑左手が切り離した後の客車です。
↓機回し線を通った時に、並びを一枚。
DSC_0192.jpg

25分の停車時間ののち、ようやっと乗客たちが車内に引き上げたのでまともに撮れるように。
DSC_0200.jpg
ED75の先頭には「福幸」の文字を掲げたヘッドマークが。松島をイメージしているような、良い感じの意匠。

そして間もなく列車は再び北へ走り去っていきました。
願わくば、福幸の達成されんことを。

最後になりましたが、この列車の設定を教えてくれた某友人氏には多大なる感謝。ご同業の皆様はお疲れさまでした。

オマケ。
211系A編成トップ。これもいつまでここにいられるか分からない車両筆頭ですね…
DSC_0208.jpg


それでは本日はこれぐらいで。ばいにゃら~
※実は動画撮ってたのにうp方法が分からなくて上げられないとか言えない






スポンサーサイト

PageTop

東北内陸縦断旅行記⑥

さて、角館からでしたね。このままだと一旅行記書くのに一年かかりそうですw
乗る車両は↓コレ。
DSC_0157_20120211000313.jpgDSC_0156.jpg

路線:秋田内陸縦貫鉄道秋田内陸線 乗車駅:角館(11:13) 種別/行き先:急行もりよし2号/鷹巣 降車予定駅:鷹巣 車番(編成):AN-8903 備考:新潟鉄工車。AN-8903+AN-2001

内陸線は乗車券が硬券でした。三セクには珍しい有料急行列車で鷹ノ巣へ向かいます。

列車は角館を出ると山間部の小集落を縫うように走っていきます。
二つ目の急行停車駅・松葉は、内陸線が阿仁合線・角館線に分かれていたころの角館線の終着駅。
今や全くその痕跡を残すことのない棒線駅です。ここから先が三セク化時の新線区間。

DSC_0164_20120211000314.jpg

沿線の観光地紹介の放送も豊富だが、正直これと言って惹かれるものはなかったかなぁというのが実感でしょうか。
しかし、途中の橋の上から見える景色は中々の絶景で、
ここで列車の速度を緩めてくれる配慮はきめ細かいなぁと感心させられました。

DSC_0168.jpg

DSC_0172.jpg

松葉から続いた新線区間も比立内で終了。
新線とは言えトンネルはかなり使い込まれた雰囲気が出てましたが…

そしてここ比立内で列車の交換です。
駅舎や側線跡などは残っており、松葉よりはまだ阿仁合線時代の終着駅の雰囲気を残している駅ですが、
周りに特に何もないのは変わらないようでした。

DSC_0179.jpgDSC_0184.jpg

比立内を過ぎると下り勾配の線路が続きます。そして一気に下がる速度。
やはり線路基盤の強さにははっきり違いが出ているようです。

途中「笑内」と書いて「おかしない」と読ませる笑内駅を通過し、
秋田内陸縦貫鉄道の途中駅の中では最も重要な基点と思われる、大きな駅舎を持った阿仁合駅に到着。
久方ぶりの大きな集落にある駅で、車庫も有り、意外と沢山の車両が留置されていました。

所在地は未だに秋田県北秋田市「阿仁銀山」となっており、鉱山町としての歴史を感じさせてくれます。

阿仁合を出て、途中の阿仁前田にて対抗列車とすれ違い。
このあたりまでくるとむしろ阿仁合よりも町としては大きい規模になってくる印象。
奥羽本線経済圏は着々と近づいているようです。
米内沢・合川あたりまでくるとずいぶんと町の中を走っている雰囲気になってきました。

約2時間の道のりを経て、ようやっと秋田内陸縦貫鉄道完乗、『鷹巣』駅に到着です。

内陸線の駅は「鷹巣」、JRの駅は「鷹ノ巣」な「たかのす」駅。
因みに合併して北秋田市になる前の町の名前は「鷹巣」でした。

そしてこの駅にはJRの奥羽線の駅名表の裏にJR標準の書体の内陸線の駅名板があるという驚愕の事実。
…内陸線の駅名なのにJRの「鷹ノ巣」仕様で書いてあるところがまた面白いですねw

DSC_0197_20120304142512.jpgDSC_0199.jpg

そして駅南側に並び立つJRと内陸線の二つの駅舎。

DSC_0201_20120304142513.jpgDSC_0205.jpg

ここで一旦休憩です。昼飯をラーメンで済ませて、秋田行きの普通列車を待ちます。

↓こ、これは…国際興業…?www
どうやら岩手だけではなく秋田にもKKKの系列会社の魔の手が伸びていると言うことでしょうか。
DSC_0207_20120304142514.jpg

路線:奥羽本線 乗車駅:鷹ノ巣(14:26) 種別/行き先:普通/秋田 降車予定駅:追分 車番(編成):サハ701-2(N-2) 備考:川重車。3連(N-2)+2連(N19.)

5両編成の701系って何か違和感が…w
そして鷹ノ巣から追分までの途上でかの東日本大震災から半年の月日を迎えることと相成りました。

DSC_0215.jpg

DSC_0219_20120304142728.jpg

幸いにして、同じ東北でも今ひた走る日本海側は地震による大きな被害もなく、
高く聳える奥羽山脈に守られたために原発関連の被害を直接受けることもありませんでした。
地震直後には太平洋側への支援物資を送るための貨物列車の大動脈として機能することにもなりました。

田植えの直前だった震災からはや半年(…記事を書いている段階ではもうあと一週間で一年になるわけですが…)
月日が経つのは早いものです。NZ地震や新燃岳の噴火などはもうずいぶん昔の事のような気がするのですが。

沿線の田んぼにはどこも黄金色に実った稲穂が輝いていました。

DSC_0226.jpgDSC_0227_20120304142729.jpg

追分で男鹿線にお乗り換え。所定16:05分発のはずが、11分延。

路線:男鹿線 乗車駅:追分(16:16(+11)) 種別/行き先:普通/男鹿 降車予定駅:男鹿 車番(編成):キハ48-544 備考:富士重工車。4連(キハ48-1507+キハ48-537+キハ40-541+キハ48-544)

男鹿線はキハの4連でした。追分を出た後も、脇本まで沿線には人家が途切れず続きます。
脇本~羽立でいったん山越えになるものの、羽立には再び住宅地が並ぶ光景。

終点男鹿への到着はあっという間。男鹿駅舎も平屋ですが中々立派です。
↓←ホームから見た駅舎                 駅舎外観↓→
DSC_0233.jpgDSC_0231.jpg

路線:男鹿線 乗車駅:男鹿(16:56(+03)) 種別/行き先:普通/秋田 降車予定駅:秋田 車番(編成):キハ48-544 備考:富士重工車。4連(キハ48-1507+キハ48-537+キハ40-541+キハ48-544)

列車は遅れていたためあっと言う間の折り返し。駅舎の写真を外から撮るぐらいが限界でした。
4両の車両はいっぱいにまではならないもののそこそこの乗車率。

時刻表に青く表示される地方交通線ながら、同種多線と比べるとずいぶんな健闘ぶりが目立ちます。
やはり県都秋田に近いと言う地の利はあるでしょうね。男鹿もそこそこの都市規模ですし。

↓終点秋田駅にて
DSC_0255.jpg
DSC_0249.jpg


DSC_0257.jpg

この晩は秋田に泊まりました。


PageTop

東北内陸縦断旅行記⑤

またブログに広告が掲載されてしまった…(

DSC_0120_20120211000204.jpg

日は開けて9月11日。奇しくも米同時多発テロから十年のこの日、新庄は8:58の出発です。
↑は昨晩撮れなかった新庄駅舎。白飛びェ…

DSC_0131.jpg
山形新幹線新庄延伸からもう10年以上が経ったなんて信じられないですよね…
延伸前は一つだった線路も、今やホーム半ばで分断。
在りし日はED75が10幾両の客車を従えた急行津軽や、花形の圧巻12両の485系つばさが出入りしたホームにも、
今や最長で新幹線の7両が入ってくるのみとなりました。

路線:奥羽本線 乗車駅:新庄(8:38) 種別/行き先:普通/秋田 降車予定駅:大曲 車番(編成):クモハ701-103(N-103) 備考:仙セン転属車。土崎工場製造車。

DSC_0126.jpg

ここからは安定の701系天国に突入です。
↓の写真をよく見て頂ければ「秋アキ」の下に「仙セン」と書いてあるのが分かるかと思います。

DSC_0129_20120211000206.jpg

列車は新庄を出ると、真室川までの数駅は田園地帯を走行。
真室川を過ぎて院内まではひたすら山を越えていきます。
途中の及位~院内には複線区間もあって、大滝~及位には旧線の跡と思しきものも見えるなど、
山形秋田の県境越えは景色も見ていて面白い区間でした。私以外はみんな寝てましたが(

院内からは景色は再び田園と住宅街へ。院内・横堀では多数の乗客があり、違う生活圏に入ったと実感。
三関、上湯沢からも若干の乗客を積み込み、701系2両の車両はほぼいっぱいに。
湯沢でざっと半数の乗客が入れ替わり、横手でもほとんど入れ替わり、後三年・飯詰でさらに積んで大曲で放出…
というのを見ていると大体このあたりの地域の人の流動の傾向が見えてきます。
…まぁどれだけ人が乗ってきたところで所詮は701系の2両なのですけれどね(

横手では乗務員の交代あり。発車メロディも完備されていて大変驚かされました。
我々は大曲にて下車。

DSC_0136_20120211000206.jpg

大曲、過去に一度通ったことはありますが、降り立つのは初めて。秋田新幹線開業の時に作られた駅舎が迎えてくれます。
後は電車でGO!!でも随分お世話になった記憶がありますねw

DSC_0137.jpg

↓これはE5か、E6か…。E6ならずいぶん気が早い気のする大曲駅の案内板
DSC_0140_20120211000207.jpg

大曲駅は1・2番線が狭軌で奥羽本線用、3番線は標準軌で田沢湖線の普電用、
11・12番線も標準軌で新幹線用という振り分けになっています。

という訳で1番線から11番線の東京行きこまちに移動。
秋田新幹線区間内は全車指定席なものの、特定特急券で空いている席に自由席扱いで座ることができます。

DSC_0143_20120211000311.jpg

路線:秋田新幹線 乗車駅:大曲(10:43(+1)) 種別/行き先:こまち162号/東京 降車予定駅:角館 車番(編成):E328-25(R25) 備考:14号車5番B席。特定特急券で乗車。

下り秋田行きとの交換待ちで若干遅れたものの、無事発車。角館までは1駅。あっというはの新幹線でした。

DSC_0147.jpg





PageTop

東北内陸縦断旅行記④

安定の更新月1ペース(←人間の屑)

DSC_0071_20120106031914.jpg

前回この駅で旅行記を区切ったのは理由がありまして…。
いえまぁなんのことはありません。本隊と合流するだけです。
というか本隊と合流するまでに年が明けてしまうとは…orz

本隊の方々は前日の晩にムーンライトえちごで渡潟、越後線弥彦線を乗り潰してからの米坂線で、私の乗った列車が今泉についてしばらく上りとの交換の為止まっている間に、
坂町方からやってきた↓の列車に乗ってきていた訳です。

DSC_0070.jpg

というわけで合流した先輩1名同輩3名に、依頼されていた山形鉄道フリーパスを渡し合流完了。

しかしこの今泉駅、何とも古びた駅というか…
特に山形鉄道ホームはかなり古びた雰囲気を醸し出してます。しかしこれがまたイイ!
DSC_0074_20120106031915.jpg

合流した方々に峠駅で買った峠の力持ちを頒布。
どうやら私の行動は予測されていたようで、このために皆さんお昼抜きで来たんだとか。
もし俺が買わなかったらどうするつもりだったんだろうか…w
DSC_0076_20120106031916.jpg

↓餅の中にはこし餡。私好みです。
DSC_0077.jpg

米坂線到着後さらにしばらくして今度は山形鉄道の赤湯行きが入線。
山形鉄道上下線と米坂線米沢行きの3列車が今泉駅でつかのまの離合を遂げた後、
列車は発車して行きます。

列車は今泉を出るとしばらく米坂線と線路を共用。

つまり、山形鉄道の列車がしばらく今泉に止まっていたのは、
単に上り赤湯行きとの交換の間に米坂線の列車と接続をとるためだけというわけではなく、
そもそも米坂線とも今泉駅で交換する必要があったためだったというわけです。

分岐後の山形鉄道は田園地帯をひた走ります。
ここから先は荒砥まで長井以外は交換設備のある駅はありません。
羽前成田・蚕桑(「こぐわ」。難読駅ですね)には国鉄時代にはあったようですが、
今は撤去されています。長井の交換設備も今や朝使うだけです。

DSC_0078_20120106031917.jpg

赤湯を出てから約一時間。
終点荒砥の駅前にはバス停以外特に何もありません( 
…すみません、本当にバス停とポスト以外何もないんです。

元々、計画の最終地点ではないというのもあるでしょうね。
とりあえず、駅舎は地域交流の場になっています。

DSC_0087_20120106032030.jpgDSC_0081_20110927231805.jpg

↓いました、スウィング=ガールズ編成。荒砥の留置線に転がっていました。
DSC_0084_20120106032029.jpg

ここまでずーっと乗ってきていた件の車内販売のおじさんと駅前でおしゃべりしながら時間潰し。
山を越えた先の左沢に思いをはせつつ、20分の折り返し時間で赤湯に取って返します。

帰りももちろん同じ車両です。

路線:山形鉄道フラワー長井線 乗車駅:荒砥(16:02) 種別/行き先:普通/赤湯 降車予定駅:赤湯 車番(編成):YR-886

帰りは同輩たちの寝顔を見つつ、赤湯まで大過なく乗り通しました。
一度通った道なので特にコメントはありません。

赤湯では接続列車までちょっとした時間があったものの、食物を摂取するには至らず(適当な店が無かった)、
赤湯駅になぜかあった鉄道むすめ自販機になぜか熱中し、
ランダムなはずなのに5連続で出てきた久慈ありすに首をかしげながら過ごしました。

路線:山形線(奥羽本線) 乗車駅:赤湯(17:48(+1)) 種別/行き先:普通/山形 降車予定駅:山形 車番(編成):クハ718-5005(Y-5)

この後は山形へ出て、そこから左沢線で左沢を目指します。そろそろ日が暮れてくる頃です。

路線:山形線(奥羽本線)→左沢線 乗車駅:山形(18:35) 種別/行き先:普通/左沢 降車予定駅:左沢 車番(編成):キハ101-3(A-3) 備考:キハ101系4連。先頭からA-3+9+6+7

DSC_0098_20120106032030.jpg

山形駅で我々を迎えたのはフルーツライナー塗装の圧巻のキハ101系、オールロングのトイレ無し4両編成です。しかもこれで全く席が足りていないのだから驚きです。
立ちんぼのまま山形駅を出発。学生や通勤客を乗せ、一路左沢に向かいます。
北山形までは仙山線と同じ線路を使用します。

北山形でもさらに客の増えること増えること。

どうやら常連客はちゃんと各駅の降車位置と出口の位置を把握していると見え、
各駅とも改札ないし出口に一番近い車両からだけ下車していきます。

因みに我々の乗った先頭車両は羽前長崎までまとまった降車は無し。
つまり、各車両の混み方には差がありなおかつ客の目的地はだいたい車両ごとで分かれているようです。

様子を見ていると、学生たちは駅まで親に車で迎えに来てもらうのがデフォなようです。
親と喧嘩したりしてる時はどうするのかな…などとつい益体もないことを考えてしまいます。

やはり寒河江では大量の下車があり、ようやっと車内は空き始めました。

暗かったので外の風景の移り変わりがよく分からなかったのは残念でした。

DSC_0106.jpg
↑↓「あてらざわ」です。「ひだりさわ」じゃないですよ~w
左沢駅に着いた頃にはもちろんもう真っ暗だったので駅舎の写真は撮れなかったのですが、
かなり立派な駅舎だったことは覚えています。荒砥よりはよっぽど街でした(

しかし、左沢まで来る列車は朝晩こそ充実すれど、昼間は10:13の後は12:51、
その後はなんと16:06と、山形市街からの距離を考えれば決して充実しているとは言えません。
ここより乗降客数の少ない荒砥と比べてもさらに少ないです。
なんというか、もうちょっとやる気を出せば延びる路線なんじゃないかと思いますがねぇ…

因みに、意外なことに左沢駅には緑の窓口がありますw

DSC_0105.jpg

路線:左沢線→山形線(奥羽本線) 乗車駅:左沢(19:25) 種別/行き先:普通/山形 降車予定駅:山形 車番(編成):キハ101-9(A-9) 備考:キハ101系4連。先頭からA-3+9+6+7

帰りはもちろんガラガラだったので、山形まで着席&爆睡行でした。

DSC_0115.jpg

路線:山形線(奥羽本線) 乗車駅:山形(20:16) 種別/行き先:普通/新庄 降車予定駅:新庄 車番(編成):クハ718-5002(Y-2) 備考:Y-2+Y-8

この日のお宿は新庄です(山形にまともなホテルが無いのは内緒)。
山形から新庄まで向かう列車の中はずっと寝ていて、時々起きても、山形○北高校の野球部のエナメルバッグを持った連中がやたら煩かったことぐらいしか覚えていません。

DSC_0114_20120106032031.jpg


新庄駅到着後、飢えた我々一行はコンビニまで歩いて食糧を補充し、この日の行程はそれまで。
ホテルルートイン新庄駅前で、一晩を過ごしました。

…ところで私が泊まった部屋、カーテン開けた開けたとたんに1㎝大の蜘蛛が上から降ってきたんですけどどういうことですかね(白目)



今日はこれまで。一気に進んだ感がしてしまうところがアレ。

PageTop

東北内陸縦断旅行記③

のんびり更新していきます(再掲

山形線(奥羽本線) 乗車駅:米沢(13:49) 種別/行き先:普通/山形 降車予定駅:赤湯 車番(編成):クハ700-5505(Z-5)

米沢で待ち受けていた乗り継ぎ列車は衝撃と言うか、案の定と言うかの701系ワンマンカーです。
まぁ赤湯までの短区間乗車なので文句は言いませんw

特にコメントすべきこともなく列車は順調に北上。唯一特記するようなことと言えば、
まだ時間的には早いのにかなり学生の利用が目立ったと言うあたりでしょうか。

DSC_0058_20110927231802.jpg


赤湯駅は元々3面5線(1番線上り本線相対式+奥羽線島式1本+長井線&奥羽線島式1本)だったところに、
山形新幹線工事時の線路拡幅で2番線の中線を撤去、4番線を下り副本線、5番線を長井線専用にしたため、
奥羽線だけをとってみると列車の止まる3つの線路のプラットホームが全てバラバラ、という珍妙な配線になってます。

DSC_0065.jpg
↑下りE3-1000&上りE3-2000の離合。

DSC_0051_20110927231727.jpg
↑が山形新幹線開業時にリニューアルされた元来のJR赤湯駅駅舎。
↓は長井線第三セクター化時に新築された、元来の駅舎とは反対側のロータリーに面して作られた山形鉄道の赤湯駅舎。
DSC_0055.jpg

赤湯駅にはこの後ももどってくるので、ここは先を急ぎます。
山形鉄道の駅舎で全線フリーパスを5人分買い(理由は後で記述しますw)、
既にホームに到着していた山形鉄道の列車に乗車。

DSC_0060.jpg
↑安定の新潟トランシス。もっとも、銘板は新潟鉄工所ですがw


路線:山形鉄道フラワー長井線 乗車駅:赤湯(14:37) 種別/行き先:普通/荒砥 降車予定駅:荒砥 車番(編成):YR-886

旧国鉄長井線、今は山形鉄道フラワー長井線。車番のYRはさしづめ Yamagata Railwayでしょうか。
列車が発車してまず驚いたのは、車内に沿線の「うさぎ駅長」(いるらしい)の関連グッズの車内販売が始まったこと。ワンマン列車で車内販売とは… 
しかし、残念ながら取扱商品は個人的にはそれほどの品は無かったと言うのが正直なところでしょうか。

そしてフラワー長井線のもう一つ(というかむしろこちらがメインなんじゃないかと思いますが)の観光資源は、
数年前に上映された映画、スウィング・ガールズです。上野樹里が主演でやってた山形の高校の吹奏楽部の話を覚えてる方も多いのではないでしょうか。
そして、その映画のロケを行っていたのがこのフラワー長井線沿線、そして長井線の車両自体も出演していたのです。
どうやら大半の車両がスウィングガールズ仕様のようでした。しかし一番のラッピング車にはここでは見えずじまい。

列車は赤湯を過ぎると短い駅間で折畑を過ぎるまでこまめに停車。特に赤湯駅と南陽市役所は極めて近いw
「梨郷(りんごう)」って…なんじゃぁ?

折畑を過ぎると沿線には「梨郷」のその名の通りラフランス(洋ナシ)の果樹園が見て取れるようになります。ずいぶんと古風な駅舎の西大塚を過ぎ、今泉に到着です。



今日はここまで

PageTop
salvare455さんのランキング集計結果
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。